HTMI番外編|感謝もある。でも入口は恐ろしかった話

腰を痛めて辞めた後に待っていた重い現実を表した、HTMI番外編のアイキャッチ画像 未分類
マッサージ修行を辞めたあとに待っていた、感謝だけでは語れない重い現実を書いた番外編です。

こんにちは、ナカジです。
私は今、ブラック企業で働きながら、
早朝バイトもしている50代のおっさんです。
時間にもお金にも余裕がない中で、
ブログで人生を立て直そうともがいています。

これまでHTMIシリーズでは、
母の84歳の誕生日にあった出来事や、
20代後半のマッサージ修行が何十年後につながった話を書いてきました。

今回は、その番外編です。
これまであまり正面から書かなかった、
3か月間の修行の入口にあった、かなり重い現実 について書こうと思います。


あの修行は、きれいな始まり方ではなかった

今でこそ私は、
あの時期に学んだことや、
得たものもあったと思っています。

実際、今こうして母の体をほぐしたり、
人のつらさに手を当てる感覚につながっている部分もあります。

でも、だからといって、
入口まできれいな話だったかというと、
それは違います。

正直に言うと、
あの3か月間の修行は、きれいな始まり方ではありませんでした。


おじさんのところで約1年、世話になっていた

HTMIシリーズでこの体験のことを書いておりますが、
当時の私は、おじさんのところで約1年間、
居候させてもらっていました。

そこでマッサージの世界に触れ、
その中で覚えていくことをしておりました。
でも、順調に進んでいたわけではありません。

私はその中で、
腰を痛めてしまった んです。

続けたくても続けられない。
そんな状態になって、結局そこを辞めることになりました。


辞めた後に言われたのは、300万円払えだった

辞めた後に言われた言葉を、
私は今でも忘れていません。

「今まで世話した費用300万円払え」

でした・・・

おじさんの家から腰の痛い中やっと帰ってきて
1週間が過ぎた頃でした。
相変わらず腰の痛みがあるので動くことができず、
自宅で療養しておりました。

突然家の電話が鳴りました。

母親が出た後、すぐに父親に変わりました。
・・・嫌な予感がしました。
父親も電話口でしゃべっている顔色がよくありません。

嫌な予感は的中でした・・・
電話を切った後、おじさんからこう言われたそうです。
「今まで世話した費用300万円払え」

「え?・・・」

なんて恐ろしいことを言うのでしょう。
腰を痛めて終了ではなかったのです。

もちろん、払えるわけがありません。
当時の私に、そんなお金があるはずもありませんでした。

でも、言われたのはそれだけではありませんでした。

「払えないなら、3か月の学びの場に入れ」

そう言われたんです。

「それは何なの?」
「なぜそんなところに行かなきゃいけないの?」


それは自分の意思というより、追い込まれた結果だった

3か月の学びの場という言葉を聞いて、
前向きな学びの場として入った人もいるのかもしれません。

でも、私の場合は違いました。

自分の意思で
「よし、ここで学ぼう」
と入ったわけではありません。

300万円なんて払えない。
だから、そうするしかなかった。
それが正直なところです。

今振り返っても、あれは
自分で進んで選んだ というより、
追い込まれて入るしかなかった
そんな感覚です。


3か月で終わっても、そこで終われなかった

学びの場そのものは3か月の期間でした。
真夏の暑い時期でした。
汗を拭いても拭いてもとめどなく流れてきました。

でも、私の気持ちはそこで終わりませんでした。

むしろ、3か月が終わったあとが怖かったんです。

「終わったらまたおじさんのところへ来い!」

そう言われるんじゃないか。
私はずっと、その不安を抱えていました。

だから結局、
私はその場に1年間いました。

別に、最初から1年いたかったわけではありません。
でも、そうしないと戻される気がして、
怖かったんです。
そうせざるを得なかったんです。


あの1年は、ありがたさだけでは語れない

もちろん、あの1年の中で得たものはありました。
ありがたかったと思うこともあります。
学んだこともあります。

だから私は今でも、
感謝の気持ちがゼロだとは思っていません。

でも、その一方で、
あの入口の恐ろしさまで
「全部ありがたかった」でまとめるのは違うと思っています。

得たものはあった。
勉強にもなった。
それは本当です。

でも、
きっかけは恐ろしかった。
あれは無いと思っています。

ここは分けて考えたいんです。


感謝は残っても、理不尽まで正しかったことにはならない

人はあとから、
つらかった出来事に意味を見つけることがあります。

私もそうです。
今になって、あの時の経験が
母を助けることにつながったと思えば、
不思議な縁だったとも思います。

でも、だからといって、
最初の理不尽まで
「正しかったこと」にしてしまうのは違うと思います。

感謝はあります。
今も毎月、献金を続けています。
それは自分の感謝の気持ちとしてやっています。

でもそれと、
あの入口の重さや怖さは別です。

私はそこをごちゃまぜにしたくありません。

あの経験があったからこそ、今の自分の感謝は自分のものになった

もしかしたら、あの時あんな形で追い込まれなかったら、
もっと素直に語れたのかもしれません。

でも現実はそうではありませんでした。

だからこそ今、私の中に残っている感謝は、
誰かに言われて続けているものではなく、
自分で選んで残しているもの なんだと思います。

苦しかったこと。
怖かったこと。
理不尽だったこと。
それでも、そこから受け取ったもの。

全部ひっくるめてではなく、
ちゃんと分けたうえで、今の自分は今の自分として立っている。
そんな感じです。


まとめ

HTMIシリーズで書いてきたマッサージ修行には
続きがありました。
そしてそれは、
決してきれいな入口から始まったわけではありませんでした。

おじさんのところで約1年世話になり、
腰を痛めて辞めたあと、
「300万円払え!」
「払えないなら、3か月の学びの場に入れ」
そう言われたのが入口でした。

私は、自分の意思だけでそこへ向かったわけではありません。
追い込まれる形で入るしかなかった。
そして3か月で終わったあとも、
戻されるのが怖くて、結局1年そこにいました。

それでも、学んだことはありました。
感謝もあります。


でも、きっかけの恐ろしさまで美談にしたくはありません。

感謝もある。
でも入口は恐ろしかった。
今回は、そのことを正直に書いてみました。

HTMIシリーズ
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