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「※HTMI(母の誕生日にマッサージをしてといわれた)シリーズ」
こんにちは。
ブラック企業に務めながら
ダブルワークをしていて、
むかし懐かしいファミコン
(FC)がしたくても、
なかなか時間が取れない
元FCゲーマーのナカジです。
50代半ばのおっさんです。
母の84歳の誕生日に実家へ行った時、
私は母にマッサージをしました。
そしてその流れで、
20代後半の頃にマッサージの修行を
していた話を後編で書きました。
今回は、そのさらに前の話です。
私はなぜ、地元メーカーの営業を辞めてまで、
マッサージの世界に飛び込んだのか。
若かった頃の自分が何を考え、
何を夢見ていたのかを書いてみます。


- 新卒で地元メーカーに就職し、その後営業で都会に転勤した
- 都会のきらびやかさに圧倒され、「ビッグになりたい」と思った
- ネットワークビジネスで成功を夢見たが、現実はうまくいかなかった
- 出張先で再会した叔父が、マッサージの世界への入口になった
- 「お前もやってみるか?」その一言で人生が動いた
- 親にも相談せず、メーカー営業を辞めて飛び込んだ
- オーナーになって稼ぎまくる。若かった私が見ていた夢
- 修行前の期待と、不安をよく分かっていなかった自分
- マッサージの世界は、思っていた以上に体力勝負だった
- お客さんに喜ばれる仕事だと知って、うれしかったこと
- チラシを作って配り、自分でお客さんを呼んだ日々
- うまくいき始めた時、私はこの道で大きくなれると思っていた
- まとめ
新卒で地元メーカーに就職し、その後営業で都会に転勤した
私は新卒で、地元の製造メーカーに就職しました。
最初は地元で働いていたのですが、
その後、営業職に配置替えとなり、
都会へ転勤することになりました。
地元を離れて都会で働く。
当時の私にとっては、
それだけでもかなり大きな変化でした。

学生の頃とは違って、
社会人として毎日働く。
しかも営業ですから、人と会い、
数字も意識しながら動く日々です。
今振り返れば、
そこが人生のひとつの分かれ道だったのかもしれません。
都会のきらびやかさに圧倒され、「ビッグになりたい」と思った
都会に出てまず感じたのは、
地元とは何もかも違うということでした。
街の雰囲気。
人や情報の多さ。
店の数。
流れている空気・時間。
全部がきらびやかに見えました。
田舎から出てきた私には、
それがまぶしかったです。
そして同時に、強く思いました。
「自分もビッグになりたい」
若かったんだと思います。
でもその時の私は、
本気でそう思っていました。
ただ会社勤めをして終わるんじゃなくて、
もっと大きくなりたい。
もっと稼ぎたい。
もっと目立つ場所に行きたい。
そんな気持ちが、
都会に出たことで一気に膨らんでいきました。
ネットワークビジネスで成功を夢見たが、現実はうまくいかなかった
その頃、流行りのネットワークビジネスにも手を出しました。
成功している人の話を聞くと、
夢があるように見えたんです。
会社に縛られずにお金を稼げる。
大きくなれる。
自由になれる。
あの頃の私には、
それがとても魅力的に映りました。
でも、現実はそんなに甘くありませんでした。
思うようにはいかない。
夢見たような結果も出ない。
何かが変わるわけでもない。
結局、ぱっとしないまま終わりました。
今思えば、私は
「喜ばれながら稼げて、大きくなれるもの」
をどこかで探していたんだと思います。
出張先で再会した叔父が、マッサージの世界への入口になった
そんな頃、営業の出張先で、
父の兄にあたる叔父と久しぶりに再会しました。
その叔父は、鍼灸・マッサージ店を営んでいました。
今でいうクイックマッサージの流れが広がり始めた頃で、
駅前などでもそういう店を見かけるようになっていました。
当時の私には、その世界がとても新しく見えました。
人に喜ばれる。
手に職がつく。
しかも店を持てば、自分で商売ができるかもしれない。
それまでのネットワークビジネスとは違って、
もっと現実味があるように感じたんです。

「お前もやってみるか?」その一言で人生が動いた
叔父に言われた一言は、
今でも覚えています。
「お前もやってみるか?」
「教えてやるぞ!」
その言葉が、
私の中で何かとつながってしまいました。
その頃の私は、都会のクイックマッサージ店を見て、
「これで成功できるかもしれない」
と思っていたんです。
自分がオーナーになって、店を持って、
チェーン展開して、ビッグになる。
そんな夢が、一気に頭の中でふくらみました。
若さゆえ、と言えばそれまでです。
でもその時の私は、
その話をかなり真剣に受け取りました。
人生を変える入口が、
そこにあるような気がしたんです。
親にも相談せず、メーカー営業を辞めて飛び込んだ
今思えば、かなり無茶でした。

親にも相談せず、いろいろと調べもせず、
私はメーカー営業を辞めて、
マッサージの世界に飛び込みました。
本来なら、
- 本当にその仕事で食べていけるのか
- 資格はどうなるのか
- 体への負担はどうなのか
- 修行先はどんな環境なのか
そのくらいはしっかり調べるべきだったと思います。
でも当時の私は、そこまで見ていませんでした。
見ていたのは、
「成功できるかもしれない」
という夢の方でした。
家族は驚いていました。
そりゃそうだと思います。
普通に会社勤めしていた息子が、
急にマッサージの世界に行くと言い出したんですから。
でもその時の私は、止まりませんでした。
オーナーになって稼ぎまくる。若かった私が見ていた夢
正直に言えば、私は当時、
かなり大きい夢を見ていました。
ただ働ければいい、ではなかったです。
「マッサージを覚えて人に喜ばれる」
だけでもなかった。
その先に、
自分がオーナーになって稼ぎまくる
という夢がありました。
店を持ちたい。
何店舗も広げたい。
ビッグになりたい。
その気持ちが強かったです。
だからこそ、
私は会社を辞めてまで飛び込んだんだと思います。
手に職をつけることも魅力でしたが、
それ以上に
人生を一発変えたい
という気持ちが強かったんでしょうね。
修行前の期待と、不安をよく分かっていなかった自分
もちろん、不安がゼロだったわけではありません。
マッサージといえば、国家資格が必要なんじゃないか。
学校に通わないといけないんじゃないか。
そのくらいの不安はありました。
でも正直、私はよく分かっていませんでした。
あとから知ったのですが、
クイックマッサージは医療行為ではないため、
起業に際して国家資格が不要な部分もありました。
でも、そんなことも当時の私はきちんと理解していませんでした。
つまり私は、
期待ばかり大きくて、
不安の正体をよく見ないまま飛び込んだ
ということです。
ここは今振り返ると、かなり危うかったと思います。
マッサージの世界は、思っていた以上に体力勝負だった
実際に入ってみると、
マッサージの世界は思っていた以上に体力勝負でした。
私は最初、
手先の技術やコツが大事なのだろうと思っていました。
もちろんそれも大事です。
でも、それ以前に体がもたなければ続きませんでした。
左右の手を同じように動かせないといけない。
だから利き手ではない方で歯を磨いたり、
わざと反対の手でご飯を食べたり作業したりして、
日常でもトレーニングしました。
さらに体力も必要でした。
休日には近所のジムに行って、
基礎トレーニングまでしていました。
叔父の経営する店はそこそこ人気店で、
全身もみほぐしを出来るようになってから、
最大では1時間の施術を1日10人やったこともありました。
あれは本当にきつかったです。
まさに
「畳の上の土方仕事」
という感じでした。
手もこすれて、指紋が薄くなる。
想像していたよりずっと重労働でした。
お客さんに喜ばれる仕事だと知って、うれしかったこと
それでも、この仕事にはうれしい部分もありました。
一番大きかったのは、やっぱり
お客さんに喜ばれること
です。
60分で6000円の施術料でも、
毎月のように来てくれるお客さんがいました。
それだけ必要とされている。
それだけ助かっている人がいる。
そのことが、自分には新鮮でした。
「ありがとう」
「楽になった」
そう言ってもらえると、やっぱりうれしいんですよね。

ただお金のためだけではなく、
人に喜ばれることで成立する仕事なんだと分かった時、
私はそこに強く惹かれました。
チラシを作って配り、自分でお客さんを呼んだ日々
もうひとつ印象に残っているのは、
自分でチラシを作ってポスティングしていたことです。

お客さんを呼び込むために、
自分で文面を考えて、配っていました。
そして、そのチラシを持って来てくれたお客さんが
実際にいた時は、本当にうれしかったです。
ただ施術するだけじゃなく、
自分で人を呼ぶ。
自分で店を育てる。
そういう感覚がありました。
あの頃の私は、そういう部分にも
夢を見ていたんだと思います。
技術を覚えるだけではなく、
商売として広げていくイメージがありました。
うまくいき始めた時、私はこの道で大きくなれると思っていた
少しずつ仕事の感覚も分かってきて、
喜んでくれるお客さんもいて、
自分で配ったチラシの反応もある。
そんなふうに、
ほんの少しうまく回り始めた時、私は思っていました。
「この道で大きくなれるかもしれない」
今思えば、かなり夢を見ていたと思います。
でも、その時の私にはそれが現実味を持って見えていました。
営業を辞めて飛び込んだことも、
間違っていなかったように思えたんです。
このまま頑張れば、自分の店を持てるかもしれない。
もっと広げられるかもしれない。
そんなふうに思っていた時期が、たしかにありました。
でも現実は、そこから別の方向へ進んでいきます。
その話は、後編で書きます。
まとめ
私は新卒で地元メーカーに就職し、
その後営業で都会に転勤しました。
そこで都会のきらびやかさに圧倒され、
ビッグになりたいと思うようになりました。
ネットワークビジネスではうまくいかなかった。
そんな時に出会ったのが、叔父のマッサージ業でした。
「お前もやってみるか?」
その一言で、私はメーカー営業を辞め、
マッサージの世界に飛び込みました。
今振り返れば、若さゆえの見切り発車だったと思います。
でも当時の私は、本気で夢を見ていました。
人に喜ばれる仕事。
自分で客を呼べる仕事。
そして、自分で大きくしていけるかもしれない仕事。
だから私は、この世界に飛び込んだのだと思います。
▶ HTMI #4はこちら
夢破れたと思っていた修行が、何十年後に意味を持った話
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